「無敵の人」になる人の傾向

人について

2ちゃんねるの開設者のひろゆきさんが、自分は死刑になってもいいからなんでもやってやるとか、何やっても怖くない、だからどんな犯罪行為でもできてしまう人のことを「無敵の人」と呼んでいる。

近年こういう種の人による犯罪が多い、大阪クリニック放火26人殺人事件とか、山上容疑者もそうなのではと言われている。

この無敵の人になる人の傾向というのが、自分なりにこうじゃないかなと思った。

それはまず、

1)自分がこれだけやったのだから、これだけのリターンを受けとるべきだと考えがちな人である。

人間関係というものは、返してくれるからやってあげるわけではないし、ときには見返りを求めずやってあげることが必要なときもある。

だから、自分はこれだけ会社のために尽くしてきたのにこの仕打ちかよと怒りが止まらなくなるパターンである。

2)学歴にこだわりすぎる、執着する人である。

普通の人はそんなに学歴に執着しないので、そんなにガリガリ勉強しないが、勉強が 好きでもないのにガリ勉であったり、学歴がない人だったら、コンプレックスがすごい。

3)物質主義である

人、人生を学歴、年収、地位とかだけで評価する。人、人生というものは必ずしもそれだけではなく、精神的な面、精神的なつながり、向上だって大事なことだが、そういうことを重視しないし、価値を置かない。

4)もしかすると反省、向上ができないのと自分を客観視できない

人というのは若かりし頃はひどいし、大したものではなく、だからうちのめされて、自省して変わっていって成長していくものだと思う。人というのはそういう機能があるものだが、こういう人はそれができないのかもしれない。

5)一番なのは自分が良くない、現在の状況になったのは、自分に原因があるというのが分かっていないことではないのか。

人というのは、普通の人は、まずやってみてだめだったら、何がいけなかったのかと振り返り、その原因が自分にあったら、じゃあここを直そうと軌道修正して、 

またやってそれでまた振り返って軌道修正してとそれを何度も繰り返してやっていって、人は皆そうやってコツコツやっていって生きていってるのだ。だがそういう人たちはこの普通の人の機能がないのだろう。

だから、歳を取るごとにどんどん状況がヒドくなり、なんでだなんで俺がこんな目に会わなきゃいけないんだ真面目にやってきたのになんでだ!となるのではないか。

大概の場合、現状が良くないのは自分にある場合がほとんどである。だのに俺は悪くない。あいつのせいだと、人のせいにしてずっと生きてきて、なんでだなんでだと蓄積し、怒りが大爆発しそれが他人に向くということではないのか。

それに自分を客観視できれば自分に落度があったと自覚でき、自分のせいだと思え、世の中が悪いという結論にはならないだろうし、

もし反省、向上ができたら、周りの環境も変わっていき、いい人にも出会え、いいこともあるかもしれないし、

過去の良くなかった出来事もあれがあったから今の自分はこれだけ進歩できたと感じ、そういう悪いことをしようとはならないだろうからである。

以上が自分の観測であるが、こういう種の人に出会ったら、あまり近寄らない方がいいかもしれない。

山上容疑者について思うこと

山上容疑者について思うこと⑵

コメント

タイトルとURLをコピーしました